最後に・【江戸三鬼子母神】のこと

  • 縁起

 ちぃっとあやふや。
真言宗」とも「天台宗」とも言われたとか。

「ひゃあ、気持ち悪りぃなー」

はっきりしてんのは「日蓮宗」になってから。
「日源」さんが改宗して、改称した。
「日源」さんつーのは、「日蓮聖人」の弟子。
名前は【威光山法妙寺】になった。
1312年のこんだった。
 【鬼子母神】が登場するのはずっと後。
1561年に「鬼子母神像」が出土。
目白台あたりの畑ん中だったらしい。

「は、こりゃトンでもにゃあモンが出て来たで!」

早速、東陽坊に祀った。
これが【鬼子母神堂】の始まり。
1578年に社殿を建立。
1664年に現在の社殿が出来た。
これは東京都指定有形文化財に指定された。
 【雑司が谷鬼子母神】は人気があった。
江戸初期から多くの参詣人を集めた。
門前には茶屋や料亭が建ち並んで繁昌したそうな。
時期的にゃ享保期から文化・文政の頃。
江戸町人が経済力を増してた。

「ひゃあ、『エドノミクス』とかあったんだべか?」

 参道がいいっ!
ちょっと足が止まっちまあ。
実際、立ち止まって写真撮るヒトが多い。
見事な「ケヤキ並木」。
ちぃっとシャレた店が並んでる。

「こりゃあ、いい感じだで・・・」

 往年の頃が想像出来る。
きっと商店がずら〜っと並んでた。
活気に溢れてた。
カネ払いも良かったんだべ。

「多分、江戸が一番呆けてた時期だべなー」

 カネはいごいた。
商売が活発化した。
だんだん信心は怪しくなってきた。
物見遊山(ものみゆさん)が増えた。
料亭が増えて、町屋になった。

「ひゃあ、現代に近きゃあ状態だったってこんだ」

  • 「御会式(おえしき)」

 盛大らしい。
毎年10月16〜18日。
こりゃ、全国共通か。
元々「日蓮聖人」の忌日の法会。
池上本門寺】でもすぎゃあって聞いた。
【法明寺】では10月13日に「宗祖御会式」を行うとか。
これとは別に【鬼子母神御会式】があるそうな。
毎年10月16〜18日。
江戸時代から伝わる年中行事になってる。
地域全体の人々が待ちわびる大祭なんだそうな。
 ヒトがたんと出る。
みんな一緒んなって供養のお練りをする。
この3日間はえりゃあ騒ぎらしい。
静かな雑司ヶ谷の街一帯に、太鼓が響き渡るとか。
参道は露店で大賑わい。

「何か、面白そうじゃんかー!」

 18日は西武百貨店前を出発
明治通りから目白通りを経て【鬼子母神堂】へ。
最後に【法明寺】へ。
日蓮聖人」を祀った「祖師堂(安国堂)」へとお参り。
「威光山」の墨書した高張り堤灯が先頭。
枝垂れ桜様の万灯が何台も練り歩く。
幻想的な秋の風物詩として親しまれてるそうな。

「観てゃあっ!」