珍しくもない本の雑感57(4)

  【愛の年代記】

  • 海賊

 「ウルグ・アリ」
それは数奇な運命をたどったトルコの海賊だった。
もとの名前は「ジョヴァン」
イタリア人だった。
南イタリアの小さな漁村に生まれた。
 ある日、村がトルコの海賊に襲われた。
大人は殺され、子どもは奴隷として連れて行かれた。
コンスタンティノポリスの奴隷市場で売られた。
買ったのも又、海賊の船長だった。
 2年間、ガレー船の漕ぎ手をやらされた。
両足首に重い鎖をつけたアレである。
奴隷はただひたすら漕ぐだけのエンジン代わりだった。
でも、事あるごとに彼は才覚を見せ始めた。
船長もそれに気づいて重用した。
 20歳になった時に船長の娘と結婚した。
改宗し、名前も「ウルグ・アリ」に変えた。
そして10年余り、彼の名はヨーロッパ中に知れ渡った。

  • 伯爵夫人

 「ビアンカリエリ」伯爵・・・。
イタリア強国の1つ、サヴォイア公国の宮廷に仕えていた。
伯爵の夫人「マリア」も宮廷の女官長だった。
この1編は「マリア」夫人の物語である。
彼女はえりゃあ勇敢だった。
 事件は1559年に起こった。
サヴォイア公「エマヌエレ」が結婚したばかりの頃のことだった。
新婦「マルグリット妃」を連れてニース近辺に逗留した。
もちろん取り巻きも一緒。
サヴォイア全宮廷が移ったようなモンだった。
 これが、獲物を探しまわっていた海賊の目に止まった。
「ウルグ・アリ」である。
サヴォイア軍は百戦錬磨の海賊の相手じゃなかった。
たちまち全滅し、ごっそりと捕虜を取られちゃった。

  • 脅迫

 「アリ」は高額な身代金を要求した。
しかもヴェネツィアジェノヴァの通貨を要求した。
サヴォイア公は怒り狂ったらしい。
”オタクの通貨は信用できまへんな”って言われたに等しいんたべな。
 同時に、もう1つ難問が襲ってきた。
フランスから嫁いだ「マルグリット」に挨拶したいという。
フランスはヨーロッパで唯一トルコと同盟を結んでいたから・・・。
ひゃあ、困った・・・。
 言う事を聞かなきゃ、捕虜がクビをはねられる。
かと言って、王妃を海賊の目にさらすなんて・・・。
ひゃあ、どうすんべ?
その時、「ビアンカリエリ」伯爵夫人が進み出た。
「わたくしが身代わりをつとめましょう」

  • 会見

 そりゃ、恐かった。
会見場に行くと、夫も含めて男は誰もいない。
女はいたけど、豪華な服を着せられた下女たちだった。
”くそったれどもがあ〜っ”
夫人は唇をかみしめた。
 「ウルグ・アリ」はもはやスルタン並みの風格を備えていた。
「ご婦人方に危害が及ぶような事はないので、ご心配なく・・・」
海賊は立派な紳士だった。
土産に大きなエメラルドの首飾りを置いて行った。
サヴォイア公は狂気乱舞で、その首飾りを褒美にくれた。
ビアンカリエリ」伯爵夫人は恋に落ちた。
ひと目会ったその日から・・・。

  • 超距離

 夫人は「ウルグ・アリ」が忘れられなくなった。
でも、彼がどこでどうしているか、常に知っていた。
テレビもインターネットもない時代なのに。
「アリ」はガンガン出世した。
ちょー有名人だった。

  1. 1562年 アレキサンドリア港守備司令官就任
  2. 1563年 トルコ艦隊指揮官として、マルタ島攻防戦でマルタ騎士団を撃破
  3. 1569年 アルジェリア太守就任
  4. 1570年 キプロス島陥落、「レパントの海戦」でトルコ艦隊左翼指揮官、敗退
  5. 1571年 トルコ連合艦隊総司令官就任

 「ウルグ・アリ」も夫人が忘れられなかった。
「あの替え玉を演じた勇敢で、優雅で、美しい婦人は誰だ?」
バレバレじゃん・・・。
 アレキサンドリアから贈り物が届いた。
ヴェネツィア商人が「ウルグ・アリ」から依頼されたという。
すんごい超距離恋愛だべさ。
美しい錦の一巻きで、夫人はドレスを仕立てた。
エメラルドの首飾りが良く似合ったそうな・・・。
続きは又・・・。