珍しくもない本の雑感55

  • 貧乏旅行

 「村上春樹」も旅好きらしい。
昔っからバックパッカーだったそうだ。
さすがに最近は、そんな旅が出来なくなった。
ある年齢までは奥さまも付き合ってくれた。
 でも、ある日宣言されたそうな。

もう私もトシだし、もうこれ以上こういう旅行はできないし、したくない。
私はこれからはきちんとしたホテル(シャワーのお湯が出て、ちゃんとトイレの水が流れて、ノミやシラミのいないまともな毛布が敷いてあるホテルのこと)に泊まりたいし、10kgのリュックを背負ってバスの停留所から鉄道駅まで歩くのは嫌だ。なにしろ私の体重は42kgしかないのだから。

 もっともだと思ったそうだ。
もう、そういう旅行をするにはいささか年をとりすぎた。
そして貧乏旅行する意味もなくなってしまった。
昔と違って、何もカネがないわけじゃないし・・・。
確かに・・・。

 思い出すのは「リューデスハイム」で出会ったご夫婦。
ライン川クルーズの船を待ってる時だった。
船乗り場の近くに鉄道の駅があった。
小さな無人駅である。
 ちょうど列車が通った。
列車から夫婦連れが降りた。
どうも日本人っぽい。
それぞれ大きなスーツケースを転がしてる。
こっちの方に、小走りの掻き揚げで向かってきた。
 ご夫婦は船乗り場にやってきた。
「ハア、ハア、ハア・・・どうにか間に合った・・・」
奥さまはヘロヘロである。
そりゃ、そーだべ。
こんな荷物を引きずって走るのは大変である。
 訊くと、定年でリタイアして気ままな旅に出たとか・・・。
パソコン1つ持って、行き当たりばったり。
その日に気が向いたところに行って宿をとるそうだ。
面白そう・・・って反面、奥さまが気の毒になっちゃった。
旅も、年齢と体力と好奇心のせめぎ合いかな・・・?

  • 「旅行記」

 「村上春樹」いわく。

今の時代に旅行をして、それについて文章を書く、まして1冊の本を書くというのは、考えだすといろいろむずかしいことですよね。ほんとにむずかしい。
だって今では海外旅行に行くというのはそんなに特別なことではありません。行こうと思えば、まあ世界中どこでも行けるんです。

確かにその通り。
今ではアフリカでも、南極でもパックツアーがある。
 だから「特別なことじゃない」って認識が必要だと言う。

「いくぶん非日常的な日常」として旅行を捉えるところから、今の時代の旅行記は始まらざるを得ないんじゃないかな。

ちょっとそこまで・・・ってな感覚かも・・・。
 なるへ・・・。
そういう感覚で書かれたのがこの本なんだ。
「辺境・近境」である。
7つの「旅行記」が収められてる。
それぞれ、えりゃあ面白かった。

  • 記録

 著者は旅行中、ほとんど何もしない。
あんまり細かい記録は取らないそうだ。
ポケットに小さなノートを入れてある。
そこにヘッドラインだけを書き込んでおくそうな。
 忘れると後で困るような場所とか数字とかは書いておく。
でも、細かい記述とか描写とかは一切しない。
写真もほとんど撮らない。
そういうエネルギーは極力節約する。
んで、自分の目でしっかり見る。
情景や雰囲気、臭い、音なんかをしっかり刻み込む。
自分自身が好奇心のカタマリになる。
これに意識を集中するんだそうだ。
 結果的に、後で文章を書く時に役に立つ。
写真を見ないと思い出せないような事は、生きた文章にならないとか。
確かにそうかも・・・。
プロってなかなか大変である・・・。

  • 再現

 大変なのが旅行から帰ってからだそうだ。
著者は、すぐに仕事を始める訳じゃないらしい。
帰国してから1〜2ヶ月は放ったらかしにするそうだ。
これっくらいのインターヴァルがちょうどいいとか。
 この間に、沈むべきものは沈む。
浮かぶべきものは浮かぶ。
そして浮かんだものだけがすっと自然に繋がってゆく。
文章に1つの太いラインが出来てくる・・・。
なるへ・・・。
 忘れることもとっても大事だという。
但し、あんまり間を置き過ぎてもダメ。
忘れることの方が多くなり過ぎちゃうそうだ。
やっぱ、「頃合」ってモンがあるそうだ。
アマチュアの小市民は半月が限度かな・・・。
続きは又・・・。