珍しくもない本の雑感54

  • 開拓

 常々、反省はしている。
どうしても読む本に偏りがある。
古本探しもいつも同じ場所に行っちゃう。
「塩野・・・」と「村上・・・」コーナーである。
これがなかなか品薄である。
ちょー売れっ子だもんなあ・・・。
 あとは、何かの書評欄で見つけた本を探す。
ちょっと触角に引っ掛かったヤツをメモってある。
冒険は冒険なんだけど・・・。
まったくのメクラ撃ちよりはましだんべ。
新規開拓のチャンスではある。
 お初の作家に向き合った。
宮本輝
一瞬、MHKのアナウンサーかと思った。
見ると1947年、神戸生まれ、「ド団塊世代」である。
随分、沢山の作品があるらしい。

 珍しい経験の持ち主である。
30歳の時に「泥の河」で「太宰治賞」受賞。
翌年、「蛍川」で「芥川賞」を受賞。
華麗な経歴である。
 でも、その後結核で療養生活に・・・。
これも珍しい。
労咳病みの売れっ子作家なんて、懐かしいパターンだべさ。
回復後はガンガン作品を書いたらしい。
古本屋のコーナーにはずら〜っと並んでる。
 書評に載っていたのは「錦繍(きんしゅう)」である。
1982年、35歳の作品って事になる。
病み上がりですぐに書き上げたって事か・・・。
こいつを100円コーナーで発見。
まったく予備知識なしで読んだ。
ま、クセのない読みやすい文章ではあった。

  • 書簡体

 こういう技法の小説もお初である。
最初っから最後まで、ず〜っと手紙のやりとり。
書簡体の小説であるって解説に書いてあった。
最近では珍しい技法なんだとか・・・。
最近ってったって、24年前だけど・・・。
 確かに技法って言えるんだべ。
手紙の中でシテュエイションを表現しなきゃなんない。
あんまり解説ばっかしじゃ、ざーとらしい。
セリフの長すぎるドラマみたいになっちゃう。
「ワタオニ」か・・・。
 そう言う意味では上手だった。
読み進むに従って、状況がだんだんわかってくる。
”法華の太鼓”状態である。
手紙がそれぞれ孤独を生きてきた男女の過去を埋めて行く。
んで、「錦繍」か・・・。

  • 登場人物

 登場人物はシンプル。
手紙の主は、「星島建設」のご令嬢「亜紀」
手紙の相手は、元亭主の「有馬靖明」
結婚当初は順風満帆。
「有馬」は「星島建設」の跡継ぎと目されていた。
 が、「有馬」の幼馴染「瀬尾由加子」が登場。
不倫の末に無理心中未遂事件を起こされる。
「由加子」は死んで、「有馬」は瀕死の重症。
当然のように別れてそれぞれの人生を歩む。
 「亜紀」は再婚するが、障害児を生む。
再婚相手の「勝沼」は女を作り、カタチだけの夫婦を続ける。
「有馬」は「令子」と同棲するが、その日暮らし。
そんな2人が偶然、蔵王のゴンドラで乗り合わせる。
ここから物語が始まるんである。
 あと、主に登場するのは「亜紀」の父親っくらい。
事件のあった旅館の仲居や、喫茶店の夫婦なんかも出てくる。
でもどっちかと言えば飾りみたいなモンである。
全体的には救い難い重た〜い話である。

  • 「令子」

 この作品で一番印象に残った人物。
それは「令子」である。
「有馬」は瀕死の重症から回復して、離婚し、落ちぶれた。
借金取りに追われ、その日暮らし。
そんな「有馬」に寄り添ってくれた女が「令子」
 「令子」はスーパーに勤めてコツコツお金を貯める。
そのカネで美容院のPR誌を起業し、「有馬」を引きずり込む。
アクティヴで物怖じしないキャラである。
この作品に救いを与えてくれてる気がする。
 ある時、「有馬」は「令子」に「亜紀」からの手紙を見せる。
「令子」は一気に手紙を読んだ。
7通の長〜い手紙をメシも喰わずに・・・。
読みながら泣いていた。
 「有馬」はなぜ、泣いているのか訊いた。
「令子」は「有馬」にしがみついて言った。
「うち、あんたの奥さんやった人を好きや」
救われるキャラじゃ、あ〜りませんか・・・。