珍しくもない本の雑感49(4)

 【サイレント・マイノリティ】

 1度、行って見たいところの1つである。
でも、行くのは簡単じゃなさそうだ。
「七生おばさん」が旅した時のエッセーがあった。
この本が出たのは1985年。
なので、旅したのは20年っくらい前って事になる。
 その10年っくらい前に「キプロス」は2分割された。
北半分はトルコ人居住区。
南半分がギリシャキプロス人の居住区だという。
この2つの居住区間は移動出来なかった。
 おばさんは先に「ロードス島」に行った。
ここはギリシャ領である。
次に「南キプロス」に行くんならどうってこたあない。
でも「北キプロス」に行きたかった。
んで、トルコ領に渡って、船で行ったそうな。
大変である。

  • 英語

 トルコ人居住区はやっぱトルコ語だべ。
っと思ったら結構英語が通じるという。
何でも20年前までは英国領だったとか・・・。
フクザツなんである。
 「ファマゴスタ」のホテルや街中は国際的だったらしい。
北欧系やいろんな言葉が飛び交ってたそうだ。
あとでその理由がわかった。
国連の監視団が駐留してるのだという。
やっぱ、南北の境界はヤバい雰囲気なんだべな・・・。
 境界は「グリーンライン」というそうだ。
島の中央の「ニコシア」って街は真ん中で分断されてる。
窓を塗りこめた家や壁が並んでるんだとか・・・。
警備兵がいる訳じゃあない。
でも、「ベルリンの壁」状態だったらしい。
お互いを無視することで平和を保っていたとか・・・。

  • 要衝

 「七生おばさん」の作品もよく登場した。
キプロス」は古代から要衝だった。
軍事的にも、通商上も各国から狙われる運命にあった。
 支配者はコロコロ変わった。
アッシリア、エジプト、ペルシア、ローマ・・・。
ギリシャ系の「ビザンチン帝国」もあった。
フランス系の領土を経て、ヴェネツィアも統治した。
 1571年にトルコの手に落ちた。
でも、トルコは海運にいいモンがなかった。
3世紀もの間、宝の持ち腐れ状態だったらしい。
 1878年にイギリス領土になる。
イギリスにとって、「キプロス」はとっても重要だった。
スエズ運河」領有と密接に関係してた。
要衝ゆえに振り回される宿命だったんだべな・・・。

  • 独立

 1960年にイギリスから独立した。
「エノシス」っという名の独立運動が成功した。
ところがこの独立が、問題をフクザツにしたそうだ。
キプロス」の住民は70万人。
内、80%はギリシャ系住民だとか・・・。
 「エノシス」の主要メンバーはギリシャ系だった。
しかもギリシャ本国のテロ集団とつながってたそうな。
ギリシャ系住民は「キプロス」をギリシャに併合しようとした。
「ちょっと、待ったあ〜っ!」
そりゃ、トルコ系住民が黙ってらんない。
 当然だけど、猛反対した。
「独立は賛成だ!でも何故ギリシャ併合なんだ?」
「何で、歴史を1,500年も戻らなきゃいかんざきっ!」
「それなら、イギリスの前の統治国はトルコだべさっ!」
もっともだ・・・。

  • 民族問題

 ギリシャ人って括っちゃうとややこしいけど・・・。
この後、ギリシャ系テロ集団が蛮行に出た。
トルコ系住民の虐殺を始めた。
老人も子どもも容赦しない、抹殺を図ったそうだ。
 これは、当時世界に大々的に報道されたとか・・・。
記憶が・・・?
単にアンテナが低かったのかな・・・?
ここんちは「情報鎖国」だからなあ・・・。
 いずれにしても、トルコ本国も焦った。
慌てて、軍隊を送り込んでテロ集団を一掃した。
すると今度はギリシャも軍隊を送り込んだ。
ドロ沼である。
 いよいよ国連が動き出した。
こんな状態は放置出来ないべや。
んで、国連裁定で1975年に島が分割されたってこった。
 最近はどうなってんだべ?
ずいぶん変わったかも知んない。
有名なテニスプレーヤーなんかも輩出してる。
やっぱ、行ってみたいなあ・・・。
続きは又・・・。