「優先席」のこと

  • 「優先席」

 最近はシルバーシートって言葉を聞かなくなった。
いつの間にか葬られたらしい。
今は「優先席」である。
老人だけじゃなくって、妊婦、子連れ、障害者も対象。
わっかり易い絵が貼ってある。
 でも、朝の通勤電車では「優先席」はあんまり用がない。
ほとんどが東京に通う現役サラリーマン。
電車のドアが開くと我先に席を取りに小走りのかき揚げ・・・。
朝晩のラッシュは戦争である。
「優先席」もヘチマもない。
 ま、現実に朝晩のラッシュ時間は対象者も避けるんだべな・・・。
滅多に対象者の姿は見たことがない。
「優先席」も、「塗装中」のねーちゃんやオヤジが占めてる。
みんな、元気いっぱいである。

  • 対象者

 でも、油断しちゃいかんざき。
たま〜に、対象者も乗ることがある。
そういう事が気になるヒトは要注意である。
 朝晩のラッシュ時間は車内にだる〜いムードが充満してる。
周りのヒトビトに注意を払うヒトも少ない。
座ってるヒトはほとんど寝てるか、何かを読んでる。
”誰か、席を譲るべきヒトがいるかなあ・・・?”
んなあ〜んて思ってるヒトはまずいないべ・・・。
 しかも、対象者は思うように移動出来ない事が多い。
ヒトゴミの奥に押し込まれちゃったら、まず見えない。
電車を降りるまでまったく気づかない。
気づかなきゃまだいい。
電車を降りる時に、くたびれた様子の対象者を見つけちゃった時は最悪。
この後味の悪さと言ったら・・・。
気にもならんヒトにとっては、どうでもいい事だろうけど・・・。

  • 失敗Ⅰ

 半年っくらい前に一度、失敗した。
この街の駅からは、ほとんど東京まで座って行ける。
いつも、貴重な1時間を読書に有効活用する。
この時はたまたま寝不足で、途中で寝こいてしまった。
 途中で、妙に圧力を感じて眼が醒めた。
ふと、顔を上げると目の前に老夫婦が立ってた。
じーちゃんがばーちゃんを支えながら手すりにつかまって踏ん張ってる。
ばーちゃんが背負ってるリュックが押し付けられてた。
車内はびっちり満員で身動き出来ない。
 「あの、良かったら座りますか?」
「いえいえ、大丈夫です。有難うございます」
「そうですか・・・」
バカだった・・・!
 この後がめっちゃ気まずい。
一瞬の迷いが、自分を窮地に追い込んでしまった。
アタマが半分寝てた所為もある。
何故、「ま、そう言わずに・・・」っと席を立ってしまわなかったのか・・・。
”後悔、先に立たず・・・。”

  • ワザ

 一応、学習機能はついてる。
今度、そんな事があったら見てろお〜。
何が何でも席を立ってやる!
何より、よ〜く注意して見ておかんと・・・。
たま〜にそんなお年寄りが乗ってくる事があるんだ・・・。
っかと言って、あんまりジロジロ顔を眺めるのもナンである。
 ワザを見つけた。
「手」である。
周りに立ってるヒトの「手」を見るようにした。
「手」を見ると、ほとんど年齢は外れない。
こりゃあ、いい。
ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・。
 実際、これでお年寄りを見つける事が出来た。
ただ、今度は席の譲り方がこれまた難しい。
ヘタに譲ると、ガンコに拒否するヒトもいたりする。
いろいろややこしい。
「どうぞ・・・」
っくらいで、さっと席を立って、その場を離れるのがコツである。
都会で暮らすにはいろいろワザが要る・・・。

  • 失敗Ⅱ

 そのワザも過信出来ない。
またまた失敗した。
今度はお年寄りじゃなかった。
年齢的には40代後半って感じかな・・・。
脚の悪い女性が乗って来たのに全然気づかなかった。
 いつも通り、ずっと本を読んでた。
一番ドアに近い手すりの横の席だった。
時々、周りの立ってるヒトの「手」をチェックする。
”大丈夫、お年寄りはいない・・・。”
折りしも梅雨の真っ最中。
満員の車内でみんなカサを持ってるから大変である。
 間もなく、電車は品川に到着。
ここで結構大勢のサラリーマンが降りる。
隣の席が空いた。
まだ立ってるヒトは沢山いる・・・。
でも、誰も座ろうとしない・・・。

  • 自己嫌悪

 ん?
っと思ったら、手すりにつかまってた女性がいごいた。
あっ!
「済みません。座らせてもらっていいですか・・・?」
女性は目の前を通って空いた席に腰掛けた。
脚が悪いのに気づいたのはその時である。
杖をついていた・・・。
”しまった!カサじゃなかった・・・。”
 周りで立っていたヒトビトは気づいていたんだ・・・。
みんな、きっと思ってたべなあ・・・。
”ったく、何て思いやりのないヤツだ!”
”世も末だな・・・。”
 アタマに血が上る気がした。
いたたまれなかった・・・。
自己嫌悪である。
穴があったら入りたかった・・・。