和食屋の雑感Ⅸ

  • 初七日

 早いのか、遅いのか・・・。
お坊ちゃまが旅立ってから一週間が過ぎた。
この一週間、1日1日がやたらに長かったなあ・・・。
午前中にあったことが、数日前のことの様に感じた。
「ジカンマイシン」の所為だべな・・・。
何だか効きが悪い・・・。
 嫁さんから部屋の模様替えのリクエストが出てきた。
どうもスースーしてていかんらしい・・・。
ま、気持ちはわかる。
何を見てもお坊ちゃまを連想させる。
その時の情景が克明にアタマに浮かんで来ちゃう・・・。
 でも、生半可な模様替えじゃダメだべさ。
ガラッと替えちゃわなきゃ。
部屋中をリフォームしちゃうとか・・・。
非現実的だよなあ・・・。
やっぱ「ジカンマイシン」だよなあ・・・。

  • 供養

 2人で初七日の供養をすることにした。
ってゆ〜かあ、美味いモン喰いたかっただけだんべ。
我が家から徒歩50歩の「N々菜」に行った。
元気を出すには美味いモン喰うに限る。
確か、先月もそんな事言いながら暖簾をくぐったような・・・。
もちろん、嫁さんの企てである。
 「献杯!」
「えっ?献杯なんっすか?」
マスターが耳聡く聞いてた。
嫁さんがお坊ちゃまが亡くなったことを話す。
「今日は待ってるワンコもいないから、ゆっくり出来るわよ」
なかなか元気である・・・。
大分、発散する術を知ったと見える。
むしろ、マスターの方が恐縮してたりして・・・。

  • 定着

 「N々菜」は混んでいた。
テーブル席は5人連れの予約で埋まってた。
カウンターは3人連れが1組。
辛うじて我々の席が確保出来て、ほぼ満席である。
もう、大分馴染みの客が定着したんだべなあ・・・。
大したモンである。
 誰もタバコを吸うヤツがいなかった。
ってえ事は一応、味がわかる客が集まってるって事かな・・・?
みんな、美味い、美味いって言いながら喰ってる。
世の中の舌もそう捨てたモンじゃないか・・・?
 3組、10人を1人で捌くのはなかなか大変。
そうそうテンポ良くは料理が出ない。
でも、嫁さんが言う通り、急ぐ理由は何もない。
玄関マットの上で待ってるお坊ちゃまもいない・・・。
 カウンター越しにぼんやりとマスターの仕事振りを眺めていた。
なかなか見ていて飽きない。
その手際の良さも然る事ながら、仕事の丁寧さに感心した。
マスターは基本的に音を立てない。
インバーターが付いてるみたいにスピーディで滑らかな動きだ。
食材や器をまるで両手で包むように扱う。
とっても今年30歳の若い衆の動きとは思えない。
感服しましたっ!

  • メニュー

 いつも通り、メニューは嫁さんに「お任せ」
嫁さんはマスターに「お任せ」
ここに来たら「お任せ」しかないのである。
ま、先月お邪魔した時の内容なら間違いなく満足出来る。
2年前よりかなりパワーアップしたと思う。
 マスターは最近、ワインにハマってるらしい。
元々、いろんな酒がある。
だけど、ワインを注ぐときの眼の色はちょと違う。
でも、残念ながら以前あった生ビールが無くなっちゃった。
我々は、まず生ビール!次いでワイン!
ビンビールはちょと残念・・・。

 【山東菜とほうれん草のおひたし】
ここに来ると知らない名前の野菜がいっぱいある。
山東菜」ってえのも初めて聞いた。
世の中にこんなにいろんな種類の菜っ葉があったんだ・・・。
味は、言うまでもないっす。
またまた、お汁まで全部頂きました。
 【お椀:桜海老と岩海苔のしんじょ】
いやあ〜、美味かったあ〜。
フタを取ると、爽やかな木の芽の香りが漂う。
しんじょを口に含むと、桜海老の香ばしさと磯の香り・・・。
春らしくワラビも添えてある。
ぜいたくなダシと絶妙の汐加減・・・。
 こないだの「Wタミ」のグルタミン酸漬けとは訳が違う。
そもそも較べたら失礼だべな・・・。
ギャップが大き過ぎる。
美味い料理ってえのはこういうのを言うんでい!
いやあ〜、幸せだあ・・・。
 【お造り:石鯛、金目、生湯葉
天城の山葵とミネラルたっぷりの粗塩が盛られたお皿が出て来る。
また、器が憎たらしいほどいいっ!
こだわりがにじみ出ている。
 マスターが目の前で捌いてくれたお造りが皿に乗る。
「マスター、オススメの喰い方なんか、ある・・・?」
あるんだな、これが・・・。
「ヤ、お好みですけど、『石鯛』は山葵をくるんで、粗塩ってのはどうでしょう?」
「『金目』はちょっとクセがありますから、山葵と醤油を箸先につける程度でどうでしょう?」
 それぞれ、2切れずつ味わう。
やっぱ、美味いわ。
嫁さん、感激である。
「ここんちのお刺身って何でこんなに美味しいんでしょ?」
1つはてんこ盛りじゃないからだべな。
上品なモンに慣れてないから・・・。
 【野菜サラダ】
七沢農園の新鮮な野菜のサラダ。
これは初お目見えだった。
葉っぱ大好きニンゲンにとっては感激モンだった。
これにもいろいろ知らない菜っ葉が入っていた。
味付けはオリーブオイルと汐である。
ニンジンのスライスの甘いことったらない!
いやあ〜、美味かった。
 強いて個人的希望を言わせて頂ければ、ビネガーかな・・・。
個人的にはちょっとだけ酸味が欲しい。
それってイタメシの世界に入っちゃうべや。
それもそうだ・・・。
 【焼き物:金目】
今回は高級魚「金目」だった。
巧いこと絶妙な汐加減で焼くもんである。
皮もパリパリに香ばしく焼けてる。
 ふと、周りを見るとそれぞれ焼き物の中身が違う。
テーブル席は肉だった。
ウチは要らないけど、予約があれば肉料理も出すと書いてあった。
隣のカウンターはカマスみたいに見えた・・・。
この違いのココロは・・・?
 【野菜の汐蒸し】
七沢農園の野菜の汐蒸しである。
何だか名前を忘れちゃったけど、クセのない美味い菜っ葉だった。
器の底に京ネギが敷き詰めてある。
嫁さんの皿からネギが団体さんで引っ越して来た。
望むところである。
 でも、嫁さんお汁まで全部飲んでる。
「ネギの香りが出て美味しい!」
本人いわく、ネギの食感だけがヤ、なんだとか・・・。
よくわかんない・・・。
 十分に美味しく頂いた。
でも、強いて言うと根菜類が喰いたかったなあ・・・。
大根やニンジンやゴボウやジャガイモの炊き合わせ・・・。
これが感激モノである。
時季じゃないのかなあ・・・。
 【ご飯、赤だし、ちりめん山椒、漬物】
このご飯は多分、他のどこでも味わえない。
この量で、この固さに炊く機会はない。
固めで粒の立ったお米は自然と良く噛んで味わっちゃう。
美味いんだ、これが・・・。
「岩海苔の赤だし」も「カブの漬物」も「ちりめん山椒」も美味い。
 今月は当店開業2周年。
マスターの気持ちで「ちりめん山椒」をお土産にくれるそうだ。
何度でも来て下さいって書いてある。
全てが丁寧で、超一流だべさ。
 【おこげの茶漬け】
更にオマケ。
ご飯を炊いた石釜のおこげも有効活用してくれる。
おこげにダシ汁をかけた茶漬けである。
香ばしいおこげとダシを堪能して、お腹いっぱいになった。
これじゃ、根菜類はきつかったかも・・・。
 【水菓子】
さくらんぼが出た。
ハッサクと並んで2粒の先取りである。
もう、十分に甘く、そんな季節なんだなあ・・・って思う。

 お坊ちゃまの供養は幸せだった。
美味しい元気な野菜からは、元気をもらえる気がする。
きっとお坊ちゃまは怒ってるべや。
”てんめえ〜、自分たちばっかし、美味いモン喰いやがって!”
”オレが野菜好きだって、知ってるべや!”
”ちったあ、オレにも喰わせてみれ!”
・・・・・・・・・。
喰わせてやりたいなあ・・・。