珍しくも無い本の雑感32(2)

清兵衛と瓢箪小僧の神様

  • 先入観

 あまり懇切丁寧な解説も考えものかも・・・。
何だか先入観が出来ちゃった。
実際、お坊ちゃんの道楽みたいな評もあったらしい。
「白樺」を「バカラシ」とか中傷するヒトもいたとか・・・。
 確かにどの作品にも育ちの良さが漂ってる。
繊細で透明感さえある。
どろどろしたエゲツない雰囲気が微塵もない。
決して題材が平凡って訳じゃない。
むしろ、題材は重たい。
母の死だったり、女の児の轢死だったり・・・。
これってすごい。
 解説者も言っていたけど、独特の文章である。
短く、鋭く、潔く、って評していた。
切れ味鋭いながら全体に枯れた印象が漂ってるとか。
言えてるかも・・・。

  • 長生き

 著者は88歳で亡くなった。
結構な長生きだったんだ。
亡くなったのは昭和46年だそうだ。
何だ、我々が高校ン時じゃん。
随分同じ時代を生きてたんだ・・・。
 「城の崎にて」という作品が載ってる。
山手線に跳ね飛ばされて温泉で療養した時の話。
著者は考えたそうだ。
一歩間違えば死んでた。
今頃は、青山の土の下で祖父や母の死骸の傍で寝てた。

 自分は死ぬはずだったのを助かった、
何かが自分を殺さなかった、自分はしなければならぬ仕事があるのだ、
・・・中学で習ったロード・クライヴという本に、クライヴがそう思うことによって激励されることが書いてあった。
実は自分もそういうふうに危うかった出来事を感じたかった。
そんな気もした。
しかし妙に自分の心は静まってしまった。
何かしら死に対する親しみが起こっていた。

これが長生きの秘訣かも・・・。

  • ハチ

 同じく「城の崎にて」から・・・。
自分的にはここが一番、印象に残った部分である。
著者はこの温泉療養で静かに暮らした。
読み書きに疲れるとぼーっとする。
療養なんだから当然である。
よく旅館の窓から外を眺めていたらしい。
 ある朝、一匹のハチが死んでいるのを見つけた。
足を腹の下にぴったりとつけ、触角はたれ下がっていた。
ほかのハチはいっこうに冷淡だった。
夕暮れにほかのハチはみんな巣の中に入ってしまう。
冷たい瓦の上に1つ残った死骸を見ることは淋しかった。
しかし、それはいかにも静かだったそうな・・・。

  • ネズミ

 ある日、著者は散歩に出掛けたそうだ。
しばらく歩くと川の岸や橋にヒトがたむろしているのに出会った。
見ると、川の中に大きなネズミが投げこまれていた。
ネズミの首には7寸ばかりの魚串が刺し通してあった。
ノドの下には3寸ほどそれが出ている。
 ネズミは必死で泳ぐ。
川岸にたどりつく。
石垣に前足をかけて這い上がろうとする。
すると魚串がつかえてまた水に落ちる。
見物人は大声で笑った。
子ども達は面白がって石を投げている。
著者は淋しい嫌な気持ちになったとか・・・。

  • イモリ

 又ある日、著者は小川に沿って山歩きをしたそうな。
そこで小川の中の石に張り付いているイモリを見つけた。
イモリは凝然としていた。
著者は突然思い立って石を投げた。
イモリを驚かせて動かそうとした。
こッと音がした。
イモリは4寸ほど横に跳んだように見えた。
尻尾を反らせて動かなくなってしまった。
イモリは死んでしまった。
石が当たってしまったのだ。
その気が全く無いのに殺してしまった。
著者は自分に妙な嫌な気をさした。
 自分は偶然に死ななかった。
イモリは偶然に死んだ。
生きていることと死んでしまっていること。
それは両極ではなかった。
それほどに差はないような気がしたとか・・・。
 何だかこのヒト、ちょっと好きになってしまった。