ドイツの雑感

  • 付録のドイツ

今回のベネルクスツアーは付録付き。
ドイツの端っこを舐めて帰る。
しかも結構濃いい。
トリアーの世界遺産「ポルタニグラ」などを観光。
次いでハイデルベルクを観光、泊。
更にライン川クルーズを楽しんでから帰国するスケジュールだ。
付録とも言い難い濃さである。

  • トリアーへ

ルクセンブルクからバスは山あいを縫う。
今日もお約束の重たい曇天。
車中、ガイドのカナエさんからトリアーに関するお話を聞く。
微に入り細に入り、良く知ってる。
感心してしまう。
トリアーはドイツ最古の街。
神聖ローマ帝国の支配下で、政略結婚によりハプスブルク家が抑えていたとか。
皇帝直属の帝国自由都市
ケルンなどと並び、7人の選帝侯の1人が居たそうな。
選帝侯は財力・知力の乏しいヒトを選ぶのが常だったらしい。
その方が自らの権力を維持し易い。
たまに外して、失脚させられた選帝侯も居たとか。
いつの世も、外すヒトはいるものである。
トリアーには「カテドラル」(大聖堂)もある。
カテドラと言うのは椅子の事だそうだ。
司教の座る椅子が「カテドラル」(司教座=大聖堂)と言う事らしい。
ドイツはフランス・スイスと並んで宗教戦争の舞台となった。
元々のカトリック司教の腐敗に端を発している。
因ってプロテスタントが多数派を占める地域らしい。
謝肉祭の話も初めて聞いた。
4月の第三日曜日が復活祭。
その前40日間が四旬節と呼んで苦しみを分かち合う期間。
元々は断食が多かったそうだが現代は金曜日は肉を絶つ程度とか。
この四旬節の前3日間が「カルネバル⇒カーニバル」
カルネバルとは「肉よ、さらば」と言う意味だそうだ。
この間は断食に備えて狂った様に飲み食いするらしい。
この「カーニバル」の最終日(四旬節の前日)が「マルディグラ
オーストラリアのゲイのパレードの「マルディグラ」が有名だとか。
へ〜へ〜へ〜である。
全く知らなかった。

  • トリアー市内

街中を散策。
「ポルタニグラ」や大聖堂を見学。
街並みが小ざっぱりしていてとてもキレイだ。
如何にもドイツらしい。
家々にゴテゴテ感が無くてとても機能的に見える。
街全体がとてもすっきりしている。
露店の花屋や八百屋まですっきりして見える。
昼食は市内レストラン。
国が変わった為か雰囲気が違う。
メニューは野菜スープ、ポークシュニッツェル、ダザートはフルーツポンチ。
ドイツらしい質実剛健な味?
ナンのこっちゃ?

大学の街なんだそうだ。
大学の前で写真を撮り「アルト橋」や「ハイデルベルク城」を観光。
この時だけ晴れ間が出た。
残った城壁と青い空とのコントラストが素晴らしい。
お天道様は有り難いと痛感した。
同じ景色が行って来るほど違ってしまう。
ツアー全体の中でここだけが妙にキレイな印象が残っている。
天気、恐るべし。
夕食は市内レストラン。
野菜サラダ、マッシュルームスープ、タラのフリットポテト添え。
美味かった。
決して凝った料理では無いが、かえって美味い。
ビールが進んで白ワインも追加した。
今ツアー4回目の「星三つです」である。

  • 夜の散策

夕食後、ハイデルベルクの街中を散策。
こじんまりした街でなかなか風情がある。
遠景にライトアップした「ハイデルベルク城」を眺めながら歩く。
黄昏時の街並みはなかなかのご馳走だった。
スーパーで最後の晩餐用のビールを4本購入。
流石、ドイツは瓶ビールだ。
ゴミが出る缶ビールは置いていない。
リターナル瓶が当たり前なのだ。
ふと見ると道の反対側から見覚えある1人連れの女性が歩いて来る。
ガイドのカナエさんだ。
ツアー最後の晩、息抜きの散策だと言う。
良かったら後でホテルのラウンジで反省会でもどうかと誘う。
嬉しそうだった。
今回は結構心労が祟ったのでは無いか?
一旦別れて暫く歩いてからホテルに戻る。
カナエさんは既にロビーで待っていた。

  • 慰労会

まずはビールで乾杯。
つまみは内緒で持込の柿ピー。
次いでホテルおススメの赤ワインを抜いてもらう。
美味いワインだった。
話は尽きない。
一番の話題は何と言っても、かつて見た事が無いバカ女トリオ。
「おかしい!」「酷い!」の連発だった。
他のメンバーからも苦情があったのでは無いか?
彼女も相当にストレスが溜まっていた様だ。
盛り上がっていたところに、突然隣の席から差し入れ。
夫婦らしき外人さんが部屋に引き上げるとかで・・・。
豪華オードブルをオーダーしたが喰い切れなかったそうな。
そーですか、そーですか、ご馳走様。
思わぬラッキーに話がますます盛り上がる。
0:00近くなってお開き。
カナエさん名残惜しそうだったけど・・・。
明日もあるし。
明日はライン川クルーズの後、帰国だ。