ルクセンブルクの雑感

  • アルデンヌ地方へ

今日はベルギーを後にしてルクセンブルクへ。
途中、アルデンヌ地方の小さな町に立ち寄りながら移動。
ベルギー南東部のこの地区は緑深く起伏に富む。
ローマ時代から第二次大戦に至るまで、戦略上の要衝とされたらしい。
第二次大戦勝利の記念博物館などもある。
今日はローカルスルーガイドが同乗した。
ヤスハラ氏と言う60過ぎのお年寄りだ。
が、歳相応に見えない。
一風変わったスルーガイドだった。
ベルギー在住、1人暮らし、チェーンスモーカーである。
1日1食、しかも玄米に塩だけを掛けてどんぶり2〜3杯とか。
曰く、玄米には必要な栄養分が全て揃っている。
他には何も要らない。
折角の栄養分を削ぎ落としてコメを喰うなんてあまりにもったいない。
チェーンスモークで癌になると言われながら今日までならない。
多分、必要最低限の栄養しか摂っていないので、癌細胞が繁殖出来ない。
なるほど・・・。
妙に説得力がある。

アルデンヌ地方の玄関口ナミュール
クック・ド・ディナンと言うヒト型ビスケットが名物のディナン。
どちらも山間に流れる川に沿って発展した町。
同様にどちらも丘の上にシタデルと呼ばれる古城を頂く。
ディナンのノートルダム教会は素晴らしかった。
勿論、現役の教会で13世紀建造だと言う。
町の規模に不釣合いと思えるほど立派な教会だった。
観光名所っぽく無いのが更に良かった。
サキソフォンの発明者、アドルフ・サックスはディナンの生まれだそうだ。
4年に1度、サックスの国際コンクールがこの町で開かれるとか。
みんな野宿か?
ディナンの街中で昼食。
メニューは生ハムサラダ、マスの蒸し煮ポテト添え、デザートにババロア
まずまず。

  • デュルビュイ

人口500人、世界で一番小さな町だとか。
町とは言っても森の奥に開かれたリゾート地と言った風情。
まるで生活感が無い。
ほとんど全ての家がレストランや土産物屋と言った感じである。
でも石畳の街並みはとてもキレイ。
生憎、とは言ってもずっと同じだが、曇天。
晴れたらさぞかし色が違うだろうなあ。
観光客は多かったが、大半は洋モノだった。
セントバーナードを連れてカフェでくつろぐ家族なんかがいる。
見ると羨ましい限りだ。
遊び方が違うんだよなあ・・・。

  • この国のお金持ち

ヤスハラ節を聞く。
一般的にお金持ちは欲しいモノが無い。
何でも手に入るし、何でも出来る。
後、欲しいのは健康な長寿だけだと言う。
その為にお金持ちは皆、田舎に暮らす。
馬を持ち、農場を持ち、農夫を雇い全て自給自足の食事をする。
自前の小麦でパンを焼かせる。
健康は口からと信じており、極めて粗食だそうだ。
いかにして空腹状態を作るかに腐心する。
空腹であれば全てがご馳走だと分かっているからだそうな。
空腹の為にスポーツは積極的にやるが、ゴルフはやらない。
ゴルフをしているのは外国人ばかりだとか。
多少、脚色があったとしてもごもっともである。

ベルギー語は無いがルクセンブルク語はあると言う。
知らなかった。
この辺りは何でもフランス語、ドイツ語、オランダ語かと思っていた。
でも公用語はフランス語だそうだ。
何よりどこでも英語が通じるので観光客には不便は無い。
ヤスハラ節によると、EUの議事堂は欧州3ヶ所にあると言う。
ストラスブールブリュッセル、そしてこのルクセンブルクだそうだ。
EUの話にも熱が入っていた。
結構、各国間の調整が難しい様子が分かる。
消費税は国によって6〜26%のバラつきがあると言う。
相続税もバラバラ。
でも納税の為に家督を潰すなんてバカげた事は無いと言っていた。
軍隊も議論が多いらしい。
NATO軍を将来はEU軍だか、ユーロ軍だかにしようとか・・・。
現在はNATO加盟国は国防費を6%以上計上するルールがあるらしい。
でもベルギーは3.6%で勘弁してもらってるとか・・・。
いろいろあるらしい。

いかにも渓谷の要塞都市である。
徒歩で回るのは結構難儀だ。
ノートルダム大聖堂や大公宮、アドルフ橋などを見て回る。
要塞からの下界の眺めはなかなかである。
動力の無い時代はモノを運ぶにもさぞ大変だったろう。
今日の宿泊はアルビッセ・パルクホテル。
山の中の要塞都市の更に郊外と言った場所である。
街に出掛ける術は全く無い。
ホテルの庭や山を散策するっきゃ無い。

  • 3回目の星三つ

夕食はホテル。
タラの前菜、仔牛のステーキ、デザートはチョコケーキ。
美味かった。
今回、食事はほぼ完璧。
ビールも美味かった。
3回目の「星三つです」
明日は又、国境を越えてドイツだ。