珍しくも無い本の雑感43(5)
【人びとのかたち】
- 人種差別
黒人スターについてコメントがあった。
「シドニー・ポワチエ」と「エディ・マーフィー」である。
「シドニー・ポワチエ」はアカデミー主演男優賞を獲得した。
多分、「エディ・マーフィー」には縁がないだろう。
あくまで、B級映画のスターだと言う。
でも、この男の頭の出来は上等だと言う。
あの機関銃のようなおしゃべり。
けたたましい笑い・・・。
でも、ふと見せる笑っていない眼。
著者いわく。
「シドニー・ポワチエ」と食事したらめっちゃ緊張するべ。
間違っても「クロ」なんて口にしちゃなんない。
実際、何度か同タイプの黒人と食事した事があるそうだ。
その度に、シャンパンの味もわかんないっくらい緊張したとか・・・。
「エディ・マーフィー」だったらどうか?
彼なら笑いながら言うべ。
「オレはクロンボ、あんたはキイロ・・・」
これで一気にフランクになれるべ。
禁句とか差別用語とかはややこしい。
口にする事は禁止出来る。
でも、それを思う事は禁止出来ない。
こんな事に神経を尖らせるのは不毛なエネルギーの浪費だべさ。
その通りだんべな。
- 失業
「Falling Down」という映画がある。
アメリカでは非難ごうごうだったらしい。
人種偏見映画だという声が巻き起こった。
主演は「マイケル・ダグラス」
結構、「My cup of tea」である。
でも、著者はこの俳優が大っ嫌いだったそうだ。
オヤジの「カーク・ダグラス」の方が愛嬌があって、まだましとか・・・。
単なる世代の違いって気がしないでもないけど・・・。
でも、この映画の演技には脱帽したそうだ。
「マイケル・ダグラス」は失業男。
大渋滞に巻き込まれたクルマの中で男はキレる。
クルマを捨てて歩き出す。
ミニ・スーパーで店員の態度に又、キレる。
店をメチャメチャにする。
次に2人のメキシコ人の若い衆にからまれる。
又、キレる・・・。
こうしてある平凡なサラリーマンが自滅に向ってひた走る。
「Falling Down」である。
原因は失業だった。
失業⇒離婚⇒狂気⇒自滅・・・。
ヨーロッパも失業問題が深刻になってきた。
産業のハイテク化、移民流入・・・。
著者いわく、
才能の差があったのならまだしも救われ納得もするが、失業者とそうでなかった者のちがいしかなかったら哀しいではないか。才能も、機会を持たない者には発揮しようもない。
「ローマ人の物語」でも失業問題が出てくるそうだ。
「陽の下に新しきものなし」っとは、よく言ったもんだとか・・・。
何だか、この映画観たくなっちゃったなあ・・・。
- 「原爆」
「八月の狂詩曲(ラプソディ)」についても触れてた。
世界の「クロサワ」の映画である。
4人の子どもたちと祖母の物語だそうだ。
夏休みを田舎の家で過ごすようになった孫たち。
祖母との間にはあらゆることで「距離」が横たわっている。
フツーなら祖母が孫たちに歩み寄って意思の疎通を図る。
ところが、この映画は孫たちから歩み寄る。
とっても美しい映画だったそうな。
孫たちは少しずつ祖母の心の奥底にふれてゆく。
その究極には「原爆」があった。
この映画の主題は「原爆」だった。
でも、単なる戦争批判モノじゃないらしい。
問題はぜんぜん別にあるという。
- 総括
親の世代の顔が見えない。
本来ならば祖母と孫たちの間にあるべき40代・50代の親の世代。
経済のこと以外から逃げに逃げ続けた世代・・・。
原爆を頂点とする第二次世界大戦。
この重大事に半世紀も目をそむけ続けた世代。
ついぞ真正面から対決しようとしなかった日本のオトナたち。
これに対して「クロサワ」は心底から怒っているという。
この映画の試写会での外国人記者からの質問。
「日本が第二次大戦で何をしたか、例えば南京大虐殺のことなども語らなくてはならないはずだ」
「誰が戦争をはじめ、なぜ原爆を落とさなければならなかったかということを言っていない」
彼らだってそれが1映画作家の仕事じゃない事っくらいわかってるべ。
でも、はけ口の無い欲求不満から出た質問らしい。
日本人の顔が見えないと言われる。
誰も総括しようという気がない。
カンヌ映画祭での「クロサワ」のインタビュー。
「誰かが覚えていなければならない。そして、誰かがきちんと言う必要があるのです」
・・・感服。
そしてやっぱ、恥ずかしい・・・。
続きは又・・・。